富山の海の幸♪
DOLネデ23料理

白エビの天ぷら!

富山駅併設のとやマルシェで購入しました。
北陸新幹線効果で、いろんなところがきれいになってますね~


(*^-^)ビールが欲しくなるね。(飲めないけどw)


さて、アムステルダムも残すところあと2回。
終わったら地方都市(もちろんVOC関係)に突入します! ↓






アムステルダム国立博物館で大航海時代の展示を見ているマリ姐御一行。
大航海時代の展示はまだまだあります。


DOLな旅ネデ23-1

Jan Valckenburgh(1623-1667)   Daniel Vertangen(c.1600-1684)
Director-General of the Gold Coast,and his Wife, DinaLems


【解説訳】
ヤン・ヴァルケンバーグは、アフリカの黄金海岸のエルミナで指揮官を2回務めた。
後ろにはエルミナ城の風景、そしてエルミナ城の絵が刻まれた金メダルを持った黒人の下働き。
ヴァルケンバーグは、オランダの西インド会社から褒章としてメダルを受け取っている。
17-18世紀に、オランダはアフリカ人口の7%にあたる約60万人の奴隷をアメリカに送ったとされる。


マリフ1209 「エルミナはガーナの都市で、1482年にポルトガルが城を建てたんだよ。」

マリナ1209 「その後、1637年にオランダが占拠して、奴隷貿易の拠点となりました。」

マリア1209 「現在お城は負の世界遺産として登録されているわ。」




DOLな旅ネデ23-2

The Trading Post of the Dutch East India Company in Hooghly, Bengal
Hendrik van Schuylenburgh, 1665


【解説訳】
この絵画はフーグリー取引所のインド総督のPieter Sterthemiusによって依頼されたもので、
活気に満ちたシーンを描いたものである。
オランダ商船がガンジス川を航行し、総督はインドの高官を訪問している。
そして右上では男性が吊り下げられ、宗教的慣習が行われている。

※フーグリー:オランダ領ベンガルとも呼ばれる。


DOLな旅ネデ23-4

DOLな旅ネデ23-3

マリフ1209 「右の方の煙は?」

マリア1209 「サティーって慣習ね。」

マリナ1209 「未亡人が夫の後を追って焼身自殺するんですよね・・・」

マリフ1209 「生きたまま??(; ゚ ロ゚)」

マリア1209 「逃げたら逃げたでひどい目に遭わされるらしいわ。女性だけって・・・」

マリナ1209 「今は禁止されてますが、完全にはなくなってないみたいです・・・」


インドは日本人には理解不能な慣習が未だに多いですよね。
どうやら宗教的意味以外に、金銭問題が大きく絡んでいるようですが・・・
たまに被害者が女性ばかりのニュースを見て悲しくなることがあります。。。



DOLな旅ネデ23-5

マリフ1209 「左側で男性が吊るされてるよ?」

マリナ1209 「これもヒンドゥー教の慣習ですね。」

マリア1209 「神に近づくためのトランス状態になるとかなんとか・・・」

マリフ1209 「当時のオランダ人もびっくりしただろうねぇ。。。」



DOLな旅ネデ23-6

Governor-General Jan Pietersz Coen
1620 - 1675


【解説訳】
1619年にバタヴィアが創設され、
オランダの東インド会社総督であるヤン・ピーテルスゾーン・クーンは、
植民帝国を創るための第一歩を踏み出した。
彼の海外進出への取り組みには先住民への混乱を招いた軍事手段が含まれており、
貿易取引所の設立に専念していたオランダの東インド会総督の本来の目的に反するものであった。
左上にはコーンの紋章、ココ椰子がある。

マリア1209 「ホールンの広場に彼の銅像があったわね。」

マリフ1209 「アンボイナ事件の首謀者と言われているよ。」


詳しくはこちら→黄金時代に栄えた港町(DOLな旅 ネーデルラント篇8)



DOLな旅ネデ23-7

The Arms of the Dutch East India Company and of the Town of Batavia
Jeronimus Becx (II), 1651


【解説訳】
この盾は、ネプチューンと人魚で装飾されたオランダの東インド会社の武器と、
オランダのライオンに囲まれたバタヴィアを特徴としている。
右の文にはジャカトラ(現在のジャカルタ)が「1619年5月30日に征服された」と記されている。
同年、ヤン・ピーテルスゾーン・クーンはバタヴィアと改名し、
造船所、倉庫、事務所、住居を伴った城を建設した。



DOLな旅ネデ23-8

The Castle of Batavia
Andries Beeckman, c. 1661


【解説訳】
バタヴィア城は、アジアにおけるVOCの拠点であった。
中国人、ジャワの商人、アジア人の妻を持つヨーロッパ人、
解放された奴隷など、さまざまな人物が前景を占めている。
Andries Beeckmanは、アジアに行った数少ないオランダの画家の一人で、
1658年にアムステルダムに戻った後、スケッチに基づいてこの絵を描いた。


マリフ1209 「そういえば中の人はまだバタヴィア(ジャカルタ)に行ってないね。」

マリナ1209 「オランダ統治時代の建物もあるようなのですが・・・」

マリア1209 「治安とか衛生面とか不安要素いっぱいで尻込みしてるみたいよ。」


いつか行こうと思って調べたことはあるんですが、
オランダ統治時代の建物があるコタ地区は特に治安が悪いみたいです。

それよりはまだ行ってないオランダの地方都市に行きたいですね。
東インド会社と西インド会社の支社のあった都市は制覇したいと思ってますよ。
残すはフローニンゲンミデルブルグのみです。


今回はオランダの植民地支配の展示でした。


マリア1209 「次回は日本との関わり、帆船模型!」
2017.01.26 / Top↑
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