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一休み~♪
DOL旅ネデ篇36-0-1

カプチーノ!

ホールンの西フリージアン博物館にて。
あまりに歩きすぎて疲れたので、併設カフェで休みました。

ボタン一つで作れるカプチーノですから、味は語るまい。

でもここで休まなければ見ることのできなかった展示品を発見したので、収穫はありました。
何を見たのか?それはブログの最後でね。

ワク(((o(*゚∀゚*)o)))ワク


さて、
DOLな旅ネーデルラント篇ついにラストです。

長いです!w  ↓



 ↓


ホールンの街歩きをしているマリ姐御一行。
最後まで突っ走ります。


DOL旅ネデ篇36-0-2

今回のルートはこちら。

マリフ1209 「頑張って歩いたよ~(´д`ι)ゼェゼェ」



DOL旅ネデ篇36-1

ホールンの中心、ローデ・ステーン広場

①Stadhuis(市庁舎)

ここにはかつてスタダイスがあったらしいのですが、
1797年に取り壊されています。



DOL旅ネデ篇36-1-2ホールン古地図広場拡大


DOL旅ネデ篇36-1-3

マリナ1209 「今では地図と絵画でしか見ることができません(´・ω・`) ショボーン」




広場から東に向かって真っすぐ歩きます。

DOL旅ネデ篇36-2-0-1


DOL旅ネデ篇36-2-0-2


広場から離れるとけっこう空き家が目立ちます。
オランダの地方都市も過疎化が進んでるんですかねぇ・・・
かつて大繁栄したとは思えないくらい静かです。

通りにはレリーフ付きの家がたくさんあり、
元は何のお店だったのか想像するのが楽しいですね。



DOL旅ネデ篇36-2-0-3


DOL旅ネデ篇36-2-0-5





そんな中、他とは雰囲気の違うお屋敷が。

DOL旅ネデ篇36-2-1

②Foreestenhuis


ホールンで一番裕福だったForeestファミリーのお屋敷。
東インド会社、西インド会社の幹部を輩出した一族だそう。


マリア1209 「お金持ちの家は石造りが基本なのかしら。」




そして、旧Oosterpoortの近くにあるのが・・・

DOL旅ネデ篇36-3-1

③Bossuhuizen

1573年にあったゾイデル海の海戦について描かれているレリーフが特徴的な家。

描かれているのは提督コルネリス・ティルクスゾーン率いる海乞食と、
ブッス伯マキシミリアン・ド・エナン=リエタール率いるスペイン軍との戦いです。



DOL旅ネデ篇36-3-2


DOL旅ネデ篇36-3-3


DOL旅ネデ篇36-3-4


この戦いは海乞食が勝利。
ブッス伯は捕虜となり、その後オランダ陸軍の将軍になったそうです。

西フリージアン博物館にブッスの名前の入った展示物を見かけました。



DOL旅ネデ篇36-3-5


マリフ1209 「スペイン船の一部だったのかな。」




方向転換して西に向かいます。

DOL旅ネデ篇36-4-0



DOL旅ネデ篇36-4-1


④Grote Kerk

ホールンの中央にある大通りに位置する、
複数あるうちの一番大きな教会。

塔の高さは60メートル。

1531年に建てられたものは焼失しており、
19世紀に再建されています。












かつての姿↓

DOL旅ネデ篇36-4-2


ここにはPieter Florisse Blom(1602-1658)の霊廟がありました。
ミヒール・デ・ロイテル提督と同じ艦隊にいた提督です。
現在は西フリージアン博物館に霊廟のレリーフが展示されています。



DOL旅ネデ篇36-4-3

マリナ1209 「しっかり撮影してありました!v(´・∀・`*)vィェィ♪」




さらに歩くと・・・

DOL旅ネデ篇36-5

⑤Statenpoort

17世紀前半に建てられたスタダイス(市庁舎)。

①のスタダイスから機能をこちらに移したんですかね。詳細不明。
現在はオフィススペースになっています。



さらに・・・

DOL旅ネデ篇36-6-1

⑥kammer VOC(Het Oostindisch Huis)

オランダ連合東インド会社(VOC)ホールン支社の建物。

元は修道院の建物を利用していたのですが、
1682年に新しい建物を建てられました。

現在は住宅兼スタジオだとか。
うー中に入れないのか・・・



DOL旅ネデ篇36-6-2

マリア1209 「もちろん、上にはVOCマーク!」




さらに歩く!

DOL旅ネデ篇36-7

⑦Burgerweeshuis

かつて孤児院だった建物。
1574-1958年まで利用されていたようです。




DOL旅ネデ篇36-8-1

⑧St. Pietershof

1577年に修道院として建てられ、
その後老人ホームになったり、孤児などの為の施設になったり、
色々用途は変わっている様子。

奥行きのあるかなり大きな施設です。




DOL旅ネデ篇36-8-2

正面にはホーフト塔や計量所と同じ立派なホールンのマーク。




DOL旅ネデ篇36-9-1

⑨Noorderkerk

15-16世紀に建てられたホールンの北に位置する教会。
ボンテック船長のお墓はここにあるようです。

ボンテック船長の名の入ったプレートがあるらしいんですが、
アムスやデルフトみたいに明らかに観光スポット扱いされている教会以外って、
入っていいものなんですかね。
キリスト教徒じゃないしなぁ・・・



DOL旅ネデ篇36-9-2

マリフ1209 「なにこのレリーフ無気味・・・。」

マリナ1209 「他の建物にも骸骨のレリーフをちょいちょい見かけましたね。」

マリア1209 「キリスト教の教会ではよく彫刻されるらしいわよ。」




広場に戻ってきました。

DOL旅ネデ篇36-10-1

⑩西フリージアン博物館

オランダの黄金時代を知ることができる博物館。
2度目ですが、ミュージアムカードもあるし、また入ってきましたよ。

若干展示内容が変わってました。
前回きちんと見てなかったGWC(西インド会社)マークの大砲もありましたよ~。



DOL旅ネデ篇36-10-2

マリフ1209 「中の人が大好きなVOC関係の部屋♪」

マリナ1209 「VOCマークの入ったグッズ、出島の絵画もありますよ。」






そして最後に、カフェで一服・・・

マリア1209 「ねぇ。明らかに日本のモノっぽい展示品があるんだけど。」

マリナ1209 「ん?どれですか?」


DOL旅ネデ篇36-10-3

コンプラ瓶!

かつて長崎の商人が金富良(こんぷら)社という組合を作り、
VOCを介して醤油や日本酒を瓶に入れて輸出していました。

コンプラの語源は仲買人を意味する、
ポルトガル語の「コンプラドール(comprador)」からきています。



DOL旅ネデ篇36-10-4

マリフ1209 「JAPANSCHZOYAって書いてあるよ。」


JAPANSCHZOYA(ヤパンセ・ソヤー)は日本の醤油、
JAPANSCHZAKYは日本のお酒を意味します。


マリナ1209 「これらの瓶が帆船に載せられて、この地までやってきたんですねぇ・・・」


オランダに来ると長崎に関するモノを見かけることが多々あり、
旅行から帰ってみれば世界ふしぎ発見で出島特集がやっていたり。

さらには、出島にはVOCマークの入ったコンプラ瓶が土産物で売っているというじゃないですか。


マリア1209 「なにそれ超欲しいんですけどっ!!」

マリフ1209 「来年は長崎に行くしかないっっ!!」



んで、本当に長崎に行ってきちゃいました。
いやー歴オタは楽しいな~( ´∀`)

そんなわけで、また行ったら書くかもしれませんが、
DOLな旅ネーデルラント篇はひとまずこれで一区切り。


次は中の人のやる気次第ですが、
オーストラリア篇、伊東&丸の内篇、仙台篇、長崎篇、フィレンツェ篇・・・


マリフ1209 「本当に書けるの?」

マリア1209 「さぁ・・・(苦笑)」

マリナ1209 「コメントやツイッターでのプレッシャーをお待ちしておりますw」
2017.08.16 / Top↑
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